みたくるみ先生 インタビュー(その1)
ようやくこのブログを始めて一番やりたかった「企画」が始まりました。
実際にエロマンガを描いていらっしゃる「プロのマンガ家」さんへのインタビュー企画、まさに「エロマンガの現場!」です。頻繁にできる企画ではないので、あまり回数はこなせませんが、その分内容の濃いインタビューができれば!とは思っています。
記念すべき第1回のゲストは、現在、辰巳出版、キルタイムコミュニケーションさんなどで活躍中の、みたくるみ先生です。
ゲストプロフィール
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みたくるみ 2005年、キルタイムコミュニケーション発刊の【2次元ドリームマガジン】「Dispell Wering!」でデビュー。その後も、辰巳出版の「ペンギンクラブ山賊版」などで精力的に執筆活動を続け、2008年、初単行本「誘惑したいカラダ」(富士見コミックス)、同年「ディスバニッシュ」 (ヴァルキリーコミックス) を発売。 豊満なおっぱいをもったキャラクターで読者を悩殺中! 【HP】くるみ並木(http://www.mitakurumi.net/) |
■思わぬ所に落とし穴が…
インタビューを行ったのは、みたくるみ先生の仕事場の近くのファミレス。比較的オフィス街だったので、そんなに混まないだろうと思ったのが間違いだった…
インタビューを初めて20分ぐらい経ったところで、なんと子供連れの親子が2組も(^_^;
しかも、騒ぐは、暴れるは、泣くはでもう大変。でもって、そんな事お構いなしのお母さん達(笑)
ま〜単なるインタビューならそれでもいいけど、隣の席では「エロマンガ」を机の上に出してのエロトークなんですよ! 気を遣うって言うの!(笑)
とりあえず、自然災害のごとく家族が去るのをひたすら待ちつつも、何とか頑張ってインタビューを続けましたが、先生にはほんと悪いことをしました。
教訓:エロマンガインタビューはファミレスで行ってはいけない!
■実は同じサークルの仲間だった…
| 稀見: | 今日はよろしくお願い致します。<(_ _)> |
| みた: | こちらこそよろしくお願い致します。 |
| 稀見: | と言いつつ、実はお久しぶりというか…(^_^; ほんと、もの凄い間が空きましたが、ご無沙汰しています。 いや〜実はみたくるみ先生とは昔サークルで一緒に同人ソフトを作っていた仲だったんですが、かなり前ですね〜 で調べたんですよ。98年に同人ソフトをコミケで販売したので、今からほぼ12年前ですね。 |
| みた: | あ〜そんなになりますか! じゃ、その頃だったら、もう僕は就職してましたね(^_^; |
| 稀見: | 発売が98年なので、その1年前ぐらいから準備していたので、実際は97年ですかね? で、その時の資料とか探したんですが、もうほとんど残ってないんですよ(笑) でも、バイナリデータ自体は残っていたので、そこから画像だけ抜き出して持ってきたんですよ。これですね〜 |
| みた: | あ〜懐かしい!! うわ〜〜 もうダメだ… あ〜昔こんな絵だったんだな〜(^_^; |
| 稀見: | でも、結局完成はしなかったんですよね(笑) デモ版まで作って、次のコミケで完成!みたいなところまで行ったんだけど、結局シナリオライターがいなくなっちゃって、そのままフェードアウト… |
| みた: | そうでしたね〜 あの頃は、同人ソフトを作るサークル自体少なかったので貴重でしたし、今考えたらあの時期に、これからは「メイド」だ!って言って進めていたのは、ある意味時代を先取りしていた気はするんですけどね(^_^; |
| 稀見: | ちゃんと完成させて、世に送り出せていたらもしかしたら「伝説」になっていたかもしれませんね(笑) |
| みた: | 伝説にならなくても、元をたどればこのソフトだった!みたいなソフトになっていたかも(笑) |
| 稀見: | そんなこんなで、お互い疎遠になったんだけど、2年ぐらい前にふと買ったエロマンガ雑誌に「みたくるみ」という名前があったので! えっ!もしかして、と思って(^_^; |
| みた: | いや、名前を覚えていてくれたことが嬉しいですよ〜 |
| 稀見: | で、これは!と思ってmixiを探したらいたので、さっそくコンタクトを!という再会でした。 |
| みた: | いや〜嬉しかったですね〜 |
■デビューのきっかけ…
| 稀見: | って、私ばかり話してますが、そろそろちゃんとインタビューを(笑) まずはですね、やっぱりデビューのきっかけですかね? どういう経緯でマンガ家になられたんでしょうか? |
| みた: | そうですね、いろいろ考えたんですけど、動機部分では3つあるんです。 1つ目は「人の役に立つ仕事がしたい」と言う事。2つ目は「自分の能力を活かした仕事がしたい」と言う事。そして最後が「その結果対価がでて、かつ役に立ったと言うことが実感できる」という仕事がしたかったんです。 一応、大学院を卒業して就職して働いていたんですけど、この3つがどれも満たされなかったんですよ(^_^; 給与もいいし、社会保障もあるし、安全だし、そのまま定年まで行けば問題はないんです。でも、自分は研究・開発職だったんですが、自分のやった研究が誰かの役にたつ事がほとんどなかったんですよ… でも、お金は入ってくるんですが(^_^; 基本的には委託先の会社に仕事をしてもらって、その成果物だけをもらうとか、設計だけしてあとはよろしく!とか、本当は自分で作りたかったんです。でも、やらせてくれなかったんです(^_^; |
| 稀見: | 研究予算だけ決まっている大きな会社にありがちな現象ですね… |
| みた: | で、できあがったものは誰にも使われず、成果物としてはどこにも活かされないで終わっちゃうんですよ。これって、どこにも貢献できてないのにお金だけ入ってくるという状態が続いて、これでいいのか? って、思い始めたんです。 じゃ、転職するかって思い始めたんですよ。そんなおりですね、出版社の方から声がかかったんですよ。以前からコミケで本は出していたので… |
| 稀見: | そうですね同人活動はすでにしていましたしね。 |
| みた: | 転職を考えるより以前に遡るんですが、コミケで声をかけて頂いたのはティーアイネットさんが最初です。 その頃は商業の方にはあまり興味がなかったので、驚いただけで終わっちゃいましたが、いよいよ転職を考えはじめた頃に、キルタイムコミュニケーションさんからも声がかかったんです。で、間を空けず今度は、辰巳出版さんからも原稿依頼が来たんですよ(^_^; |
| 稀見: | すごいですね〜いきなり3つも来るもんなんですね。 |
| みた: | これはもしかしたらと思って、急にそろばんをはじき始めたんです(笑) ページの原稿料と自分の作業速度からどのくらい描けて、どのくらいの収入になるかって計算したんです。そしたら、何とか死なない程度にいけそうだ!と言う感じになったので、それだったら行ってやろうと!! |
| 稀見: | もの凄い現実的な計算だったんですね(笑) |
| みた: | でも、いきなり辞めると会社に迷惑がかかるので、プロジェクトが終わる3月頃上司に「辞めます!」って言ったら、なんの躊躇もなくOKだったので、なんだこのやろう!俺のこと全然当てにしてなかったんじゃないかって(笑) |
| 稀見: | よく、考え直せとか、すこしは考慮してくれたら考えるのに、冷たいですよね(^_^; |
| みた: | ま〜もともと上司と反りが合わなかったので、そのOKがより退職の決意を強くしたというのはあるかもしれませんね。 |
| 稀見: | で、原稿の作業自体は退職してから始めたんですか? それとも、平行して行っていたんですか? |
| みた: | 作業自体は退職する半年前ぐらいからやってましたね。担当さんが付いて、結局退職前に1作描いたかもしれません。 |
| 稀見: | 正式なデビュー作は何になりますか? |
| みた: | キルタイムコミュニケーションの雑誌、2次元ドリームマガジンに描いた「Dispell Wering!」になりますね。 まだ、単行本とかには収録されてはいないですね。キルタイムさんではその後に「闘姫陵辱」というシリーズで4作描いてるんですけど、6話、7話ぐらいで終了の予定で描いていたんですが、4話が終わった時点で新しい雑誌を立ち上げるからそっちで描いてみないかって言われて、それが「コミックヴァルキリー 」ですね。 一般向けなんですけど、限りなくエロ雑誌に近い感じの雑誌ですね(笑) で、キルタイムさん以外では「闘姫陵辱」の前に辰巳出版さんで成年向けを1本描きましたが、これは単行本未収録ですね。 この前打ち合わせで今度の単行本に載せるかどうか話したんですが、あまりにも絵が違いすぎるので入れなくていいよね? みたいな雰囲気ではあったんですが(^_^; |
| 稀見: | でも、ファンとしてはやっぱり読みたいところですよね〜 |
| みた: | 掲載の意志を捨てて、割り切って同人誌で出しちゃおうか〜という話も出ましたけどね(笑) そう言うの有りなんですよ〜 僕もこの業界に入って知ったんですが、マンガ家はマンガの原稿を編集に渡すんですが、基本的には1回の掲載権しか渡していないので原稿自体の著作権はマンガ家にあって、その原稿をどうするかというのは本人が自由にできるんです。 なので、複数の出版社にまたがって描いた原稿を集めて、別の出版社から1冊の単行本を出す事は基本的には可能なんです。 |
| 稀見: | 確かに昔の作品を集めて新しい「総集編」みたいな単行本を出す作家さんもいますしね… ただ、できるからと言って何の断りも無くやるのは難しいというか、無理でしょうけどね(^_^; |
| みた: | そうですね。そのへんは正式な契約書があるわけではないですが、マンガ家と編集との「紳士協定」みたいなものはあると思います。 |
■マンガとの出会い!
| 稀見: | デビューのきっかけはよくわかりました。 では、そもそもマンガとの出会いというか、絵を描くこと自体への興味はいつ頃から出てきたんでしょうか? |
| みた: | 絵自体はそう幼稚園の頃から描いてはいましたが、マンガを描き始めたとなるとそうですね、大学生から大学院生になるあたりですかね? |
| 稀見: | へぇ〜そんなに遅かったんですか? |
| みた: | 同人誌はもっと遅いですからね〜 中学の時に「アニメ部」には入っていたんですが、動画を描いていただけだったので、自分の創作としてのイラストとかも描いてはいませんでしたね。高校も同じ感じで、積極的に創作していたというわけではなかったんです。 転機になったのは大学受験に落ちて代々木の某予備校に通っていたときですね。当時JR代々木駅に「らくがきコーナー」というのがありまして、渋谷方面のプラットホームに、毎日駅員さんがいらなくなったポスターを裏返してピンで貼って、さあここに好きな事描いていいですよ!って で、すごいうまい人がたくさんいたので、最初はただ眺めていたけだったんですが、ある日ちょっと描いてみたんですよ。そしたら、僕の絵にちょっとした感想が書いてあって… |
| 稀見: | ある意味最初のパブリックな絵チャットだったわけですよね(笑) |
| みた: | そこには、絵の描ける人も描けない人も参加する、すごい紳士的なコミュニティーがあったんですよ。 その「らくがきコーナー」で発信する喜びというか、絵を描くと言う事の大きな転機になったというのはあると思います。すごいうまい人と交流ができたり、刺激にもなりましたね〜 あの辺は、代アニやマンガ系の専門学校が多かったので、うまい人が多かったですし、なにより描いている過程が見られるのがよかったですね〜 |
| 稀見: | 僕は実際その「らくがきコーナー」を見たことはなかったんですが、なんかの本に載っているので知りましたね。「おたくの本」だったかな? |
| みた: | あ〜それ、僕も載っているんですよ(笑) |
| 稀見: | なにっ! |
| みた: | たまたまあの「らくがきコーナー」の前でしゃべっていたときにどうやら勝手に撮られていたらしく、全く許可なしに載せられちゃったんですよね(^_^; たまたま嫌な所を撮られちゃったんですよ〜 知り合いの方と話をしていたんですが、他の人もいた(落書きをしようとしている)ので、邪魔にならないようにホーム側に背を向けて、2人して不良座りしている所を撮られたので、行儀が悪いというか(^_^; 顔は映ってないんですけどね〜 あ、ちなみにペンネームを作ったのは「らくがきコーナー」で絵を描いていたときなんですよ! |
| 稀見: | 確かに一応パブリックデビュー(らくがきコーナー)ですからね! |
| みた: | 他の方がペンネームを使ってらっしゃったのを真似して作ったんですが、結局はじめて作ったペンネームで、以来ずっと使い続けてますね。 他の方にペンネームの由来や作り方を聞いて、本名の漢字の読みを変えたり、足したり引いたりして(^_^; 難しい漢字のペンネームにも憧れたんですが自分自身が漢字に弱かったのと、簡単に読めないと覚えてもらえないかな? と思って全部ひらがなにしちゃいました。 当時、女の子っぽいペンネームが流行っていたのでそれにのっかって、絵も少女漫画風味にするのがちょっと流行っていたので、ペンネームと合わせて初対面の方が「女性の絵描きさんかと思った〜」となるのを目指していたんですが 「男好きのするおにゃのこ絵だからきっと男性だと思った」という意見が大半を占める結果に。(^_^; |
| 稀見: | なるほど、ペンネームにはそう言う秘話があったんですか〜 そして、大学に入ってからは何か同人的な活動を行っていたんですか? |
| みた: | いや、同好会のたぐいにはいっさい入ってなかったです。 大学の除籍の条件が厳しくて、勉強をしないといけなかったので…(^_^; なので、年々学生が減っていくんですよ。1クラス150人ぐらいからスタートした人数が、2年で130人、3年で100人と…(笑) |
| 稀見: | なるほど同人活動などしている暇がなかったと(^_^; |
| みた: | だから、大学時代は描く方の活動はほとんどしてなかったですね。 でも、高校時代の友人に誘われて、コミケのスタッフなどはやってました。4年間ぐらいやったかな? 幕張をやって、追い出されて(笑)晴海でやってましたね… だから、コミケデビューはサークルではなくスタッフの方でしたね(^_^; 実はコミケに出るまで、同人誌という言葉すら知らなかったんですよ。そこで米沢氏のありがたいお言葉をいただきました(^_^; |
| 稀見: | サークル参加より前にコミケデビューは確かに少し珍しいタイプかもしれませんね。 |
| みた: | ただ、その頃から代々木で知り合った友人と、イラスト交換や、ちょっとしたマンガなどを描き始めたというのはありますね。 そうやってだんだんそう言うことに慣れていって、コミケスタッフを辞めた頃にイベント参加するようになりました。サークル参加ではありましたが、自分が主催ではなくてその友人のサークルにゲストで参加していたという感じですね。 |
| 稀見: | でも、全然マンガを描いていなかった状態から、ちゃんとしたマンガを描くレベルまで急激にレベルアップしたのはすごいんじゃないですか? |
| みた: | その友人に操られたというか(笑) その友人曰く「こいつ(みたくるみ)のマンガが読みたい」という事を考えていて、イラストしか描いていなかった僕をマンガが描ける体制を整えていったらしいんです(笑)操られて訓練させられていたんです。しかもエロいのを(^_^; 最初はイラストに、おっぱいや局部等の部分的なアップのコマを追加する形でコマ割りを学び、2ページの見開きで、前戯からフィニッシュまでの流れを複数のコマで描く事を学び、乳首描写を学び、局部描写を学び、くぱぁで中のひだひだ描写を学び、そうしてみるみるエロマンガ描きに染められていったという…。 |
| 稀見: | すごい友人の方ですね。でも、ある意味先生の潜在能力を見切っていたというか、先見の明があったわけですよね? ちなみに、この時期あたりはもう社会人だったんですか? |
| みた: | スタッフの最後あたりに、修論とか言っていた気がするので、サークル参加していたのはもう社会人でしたね… そして、ほぼ10年勤めてマンガ家に転職ですね(^_^; |
| 稀見: | でも、凄く意外でした。もっとしっかりとしたマンガ家の夢を持って子供の頃から活動してきたのかと思ったら、そう言う流れだったとは。 でも、ある意味才能があったからそういう流れでもここまで来れたんだな〜とは思いますね。 |
| みた: | マンガって買って読むもんなんだ〜っていう気持ちがどこかにあったんですが「らくがきコーナー」で自分でも描いていいもの何だって気づいて、やっぱりあれが転機だったんでしょうね〜 |
■みたくるみ 単行本宣伝
■次回、みたくるみ先生が影響を受けた○○がついに…
特に伏せ字にする必要はないですが、次回は主に先生が影響を受けた、作家や、マンガ、その他いろいろなものをより詳しく載せる予定です。こうご期待!
■みたくるみ先生 インタビュー(その2)
■掲載誌のお知らせ
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